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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)1819号 決定

債権者

ロレイン キャーニー

右代理人弁護士

佐井孝和

島尾恵里

債務者

株式会社フィリップス・ジャパン

右代表者代表取締役

矢島泰光

右代理人弁護士

苅野年彦

主文

一  本件申立を却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一申立の趣旨

一  債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成六年四月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月末日限り月額金三六万円の割合による金員を仮に支払え。

第二当事者の主張

(債権者)

一  債権者は、オーストラリア国籍を有するものであるが、英語及び英文学の教育等を目的とし、フィリップス大学日本校の名称で、英語教育の学校を経営する債務者に雇用され、平成元年四月に来日した。債権者は、オーストラリアで債務者に応募する際、債務者から、望む限り長期間にわたり働くことができる旨説明を受けていたので、債権者と債務者との間で取り交わされた雇用契約書では、平成元年四月一日から平成二年三月末日までの一年間を雇用期間とする旨定められていたが、期間の定めは形式的なものであると理解していた。

その後、雇用契約は、平成二年から平成五年まで、毎年三月末に更新されてきたところ、債務者は、平成五年一二月一六日、債権者に対し、平成六年度の英語教師に指名しない旨通知し、更に平成六年三月二八日、契約を更新しない旨通知して、平成六年四月一日からの雇用契約を締結しなかったため、債権者は、平成六年三月末日を持って失業するに至った。

二  しかし、債権者は、長期間にわたり雇用されるとの説明を受け、その旨期待してオーストラリアからわざわざ来日したこと、その他前記の事情からすれば、右雇用契約は、当初から実質上期間の定めのない雇用契約であり、仮にそうでないとしても、雇用契約が何度も更新されることにより、期間の定めのない雇用契約に転化していたものというべきであり、債務者のなした更新拒絶の意思表示は、解雇として取り扱われるべきである。

三  そして、債務者が債権者に対してなした右解雇は、解雇権乱用で無効である。すなわち、債務者は債権者を整理解雇したものであるが、整理解雇には、その必要性と合理性が存在しなければならないところ、債権者は他の教師に比較して最も長い外国人教師としての経験を有し、かつ、小学校の教員免許等の資格を有していることからすれば、整理解雇の対象として債権者を選定するのはまったく合理性がない。また、債務者は、債権者がオーストラリア国籍を有することを嫌い解雇したもので、労働者の国籍等を理由とする差別を禁止する労働基準法第三条に違反して無効である。

四  債権者は、賃金を唯一の生活の糧とする労働者であり、本件解雇により生活に困窮を来している。よって債権者は債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定め、かつ、給与相当額の金員を仮に支払うように求める。

(債務者)

一  債権者と債務者との雇用契約は、過去四回にわたり更新されたが、平成六年三月末日、雇用期間満了により終了したものである。債権者が雇用期間の定めのある契約書に署名していることからして、当初から期間の定めのない雇用契約が締結されたと言うことはあり得ないし、その後、期間の定めのある雇用契約が繰り返されたというだけで、期間の定めのない契約に転化することにはならない。債権者と債務者とは、その都度現実に協議し、賃金等の労働条件を取り決め、雇用契約を更新してきたものである。また、債権者がオーストラリアから来日したとしても、この国際化の時代には特別の意味がない。

二  また、債務者が平成六年四月からの契約を締結しなかったについては、正当な理由がある。すなわち、アメリカの大学が日本に根づくかどうかは全くの未知数であり、債務者においては、当初から学生数や持ち時間による雇用調整が必要であった。そして、債務者の経営するフィリップス大学日本校では、平成三年度の受講生が一〇〇九名であったのに対し、平成五年度末では一九七名となるように生徒数が激減し、年を追うごとに経営を圧迫した。このため、債務者は債権者に対し、平成六年四月からの雇用契約を締結しなかったのであるが、契約を更新しなかったのは、一人債権者のみではなく、債権者を含む六名の外国人教師であった。なお、債務者においては、フィリップス大学アメリカ本校が、日本校卒業生に対し、アメリカ本校と同じ学士号を授与するための要件として、「外国語としての英語教授法」の修士以上の資格を有する英語基礎課程担当の外国人教師の存在を要求していることから、債権者に対しても、右資格を取得するように求めてきたが、債権者は資格を取得しなかった。そして、雇用契約を更新しなかったのは、債権者を含め、いずれも右資格を有しないものであり、更新拒絶には正当な理由がある。

三  よって、本件雇用契約は、平成六年三月三一日、雇用契約期間の満了により有効に終了したものであり、本件仮処分申立は、被保全権利を欠くので、却下されるべきである。

第三当裁判所の判断

一  債権者は、本件雇用契約は最初から雇用期間の定めのないものであったと主張するが、債権者が雇用の当初から雇用期間を一年とする雇用契約書に署名して来日している事実に照らせば、債権者の右主張は、一応認めるに足りない。

二  また、債権者は、債務者がなした更新拒絶については、解雇に関する法理を適用すべきである旨主張する。

確かに、本件雇用契約は過去四回にわたり更新され、債権者の勤続年数は五年に至っているが、雇用契約更新にあたっては、必ずしも機械的、形式的に雇用契約書の作成が繰り返されていたというわけではなく、賃金の額、家賃の負担などの労働条件が(最後の更新にかかるものを除き)その都度改定されており、また、新契約が締結されないときには、帰国の旅費を債務者が負担するとの約定もなされていた。かつ、債権者の在留資格自体が一年の期間を限り、これが更新されているものであったし、債務者の経営するフィリップス大学日本校においては、次第に学生数が減少していくことにより、長期にわたる雇用継続を期待するのも、債権者債務者双方ともに次第に困難となっていく事情もあった。

三  以上によれば、本件において、期間満了後の雇用の継続を期待することに合理性が存在したものとは未だ言い難く、雇用期間の定めのある雇用契約が雇用期間の定めのない雇用契約に転化したものとは認め難い。

よって、本件雇用契約は、平成六年三月末日の経過をもって、雇用期間満了により終了したものというべきであり、本件申立は、被保全権利の疎明がないことに帰するので、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 細見利明)

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